Adventure Inspiration
Working Dogs

ソウルリバーを見つける

私は叫び声をあげた。その瞬間、幸福感に包まれた。まるで死んでいた自分が、突然生き返ったような興奮と衝撃だった。笑ったり、微笑んだり、今この瞬間を味わうことができた。

- チャド・ブラウン

 

このとき、アメリカ海軍の退役軍人であるチャド・ブラウンは、人生で初めてのフライフィッシングに挑戦しており、釣り糸にはジャックサーモンがかかっていた。その魚の引きが、12種類もの薬によって引き起こされていた、まるでゾンビのような無気力状態から彼を引き戻しました。

それらの薬は、PTSDの影響である悪夢や幻覚、不安発作、フラッシュバックなどの症状の一つひとつに対応するために処方されたものでした。チャドは過剰な投薬によって、何も感じられなくなっていました。

 

 

空気を感じることも、草を感じることもできなかった。笑い方さえ忘れてしまっていた。だから、ジャックサーモンを釣り上げた瞬間が、人生で一番喜びに満ちて、最高の日だったと思う。

体中の毛穴から、すべての薬がにじみ出るような感覚があった。自然の川の中で体験していたこの瞬間が、まるで自分にとっての新しい薬のように、喜びと幸せを感じさせてくれたんだ。

- チャド・ブラウン

 

 

この瞬間は今から13年前のことで、チャドの人生の転機となりました。それ以降、彼はフライフィッシングのコミュニティに没頭し、処方薬から少しずつ離れていき、川に癒しを求めました。そして2年の待機期間を経て、彼は介助犬のアックスを迎えました。

アックスは、チャドが悪夢にうなされたり、人生の重圧に押しつぶされそうなときに、地に足をつけて「今ここ」にいられるようにサポートしてくれます。

 

チャド・ブラウンは、1991年から1994年にかけてアメリカ海軍に所属し、ペルシャ湾戦争の「デザートストーム作戦」やソマリアでの「リストアホープ作戦」に従事し、多くの功績を残しました。退役後はニューヨーク市に住み、プラットインスティテュートで修士号を取得しました。その後、広告業界で写真家兼デザイナーとして活躍しました。

ニューヨークに住み働いていた頃、チャドは心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状が出始めていましたが、当時はそれが何なのかを理解できていませんでした。その後、オレゴン州ポートランドに移住しましたが、症状は悪化していきました。チャドは意識を失ったり、急に怒りや涙が込み上げたり、物忘れをしたり、自宅から数ブロック先の近所でも道に迷ったりするようになりました。

状況はどんどん悪化し、チャドはキャリア、貯金、家などすべてを失いました。眠ることが怖くなり、街をさまよいながら影のように生活し、ゴミ箱から食べ物を探したり、週に2回血漿を提供することでわずかな食費を稼いでいました。彼は恥ずかしさと自分を呪う気持ちに苛まれていました。

やがて、誰かが手を差し伸べてくれ、彼が必要とするリソースにアクセスできるようにVA(退役軍人管理局)につながる手助けをしてくれました。チャドは個別のセラピーとグループセラピーを受け始め、症状に対するいくつかの薬を処方されました。しかし、薬の副作用で感覚が麻痺し、自殺願望を抱くようになりました。支援を受けていたものの、彼はまだ自分を見失っていました。

その後、友人がチャドに連絡を取り、フライフィッシングに連れて行ってくれました。これが私たちの物語の始まりです。チャドが初めて川を訪れ、ジャックサーモンを釣り上げた瞬間、彼の中に命の息吹が流れ込むのを感じました。それは彼にとって転機となる出来事であり、まだ長い道のりが待っていたものの、そこから前進を始めました。

初めての釣行から数年後、アックスが介助犬として迎えられ、彼の人生における新たな支えとなりました。

社会復帰への準備が整ったとき彼は、自然の中で癒しやつながり、目的を見出そうとする人々、特に都市部の若者や退役軍人に恩返しをすることに人生を捧げようと決意しました。彼はSoul River, Inc.という非営利団体を設立し、危険に晒されている若者や退役軍人をアウトドアに招待しています。

 

 

自然の中で見つけた力を頼りに、チャドは再び社会復帰を果たし、他の人々が同じように自然とつながり、そこから癒しを得る手助けをすることが自分の人生の目的であると気づきました。非営利団体Soul River, Inc.では、退役軍人や都市部の若者たちに自然、川、フライフィッシングの癒しの力を伝える活動を行っています。

チャドが指揮を執り、アックスがそばで支えながら、Soul Riverは参加者にリーダーシップ、環境保護、そしてコミュニティについて学びながら、自分自身の目的、つまり自分だけの「ソウルリバー」を見つける手助けをしています。

Soul River, Inc.が正式な非営利団体として立ち上がる前、この組織は単にチャドがフライフィッシングのミートアップを主催していただけのものでした。

「何をしているのかよくわかりませんでした。ただ、本当に興奮してワクワクしていました。」とチャッドは振り返ります。

フライフィッシングは誰にでも簡単に始められるものではないため、自分が手を差し伸べたいと思うコミュニティの中で、つながりが薄い人たちのもとに足を運びました。川へ行く代わりに、都市の公園に行き、バスケットボールコートの真ん中でドライキャスティングをしました。

ボール遊びをしている子どもたちが興味を持って、「それ何?教えて?」と質問してくるようになりました。また、チャドは公園やカフェに行ってフライを結ぶこともありました。持参したレゲエやジャズの音楽を流したり、ストリートミュージシャンとフライを交換し、一緒に演奏を楽しんだりもしました。

こうして、チャドは川と縁のなかった人や、自分には無理だと思っていた人たち、フライショップのに気が引けていた人たちにも、川を身近に感じてもらえるようにしました。やがてチャドの活動は支持を集め、一人二人から始まった集まりは、ついには200人規模にまで拡大しました。そして、これがSoul River, Inc.の始まりとなりました。

 

チャドは自身の軍隊経験を活かして、Soul Riverで「戦士」を「戦地」に「派遣」するプログラムを開発しました。ここでいう「戦士」とはリスクを抱える若者や退役軍人を示し、「戦地」とは、淡水、土地、野生生物、または先住民族の文化が脅かされている環境のことを指します。

彼は、自然保護団体や先住民のコミュニティと協力し、アメリカ国内のどの地域で支援や関心を必要としているかを調査しています。こうした地域は、北極圏のような人里離れた過酷な環境のことが多いです。チャドとアックスは、すべての派遣に必ず同行します。

この派遣プログラムには複数の目的があります。若者や退役軍人にとってこの経験は、彼ら自身の「ソウルリバー」、つまり目的や情熱、アウトドア、仲間とのつながりを見つける手助けになります。

また、リーダーシップや異文化理解、環境保護活動、議会への働きかけ、人間関係構築、コミュニティの一員としての役割などを学ぶ機会も提供しています。そして、プログラムには環境保護とアドボカシーの側面もあります。参加者は、派遣先の自然環境やその地域が直面している具体的な脅威について学び、現地や帰還後も環境保護に貢献できる手段を身につけていきます。

2019年6月、チャド、アックス、そして10名の退役軍人と若者たちは、Soul Riverの第4回目の派遣として北極圏のアラスカ国立野生生物保護区に向かいました。彼らは、現地のグウィッチン族の人々から多くを学びました。

北極圏についてや、この地域がグウィッチン族の文化や生活様式にとってどのような意味を持つのか、そして石油・ガス開発や気候変動が北極圏の住民、特に先住民コミュニティやカリブー、ジャコウウシ、魚類、渡り鳥、その他の野生生物などにどのような影響を及ぼしているかなどについて理解を深めました。

こうした教えに対するお礼として、Soul Riverのメンバーは、グウィッチン族が必要としている支援を行います。今回の旅では、コミュニティガーデンの再建を手伝いました。全員で一つのプロジェクトに取り組む中で、協力することの価値や皆のために力を合わせることの大切さを学びました。

派遣からの帰還後も活動はまだまだ続きます。Soul Riverは、若者や退役軍人が学びを共有し、プレゼンテーションやリーダーシップのスキルを向上させるため、アドボカシー活動の機会や、議会事務所への訪問、面会を設けています。こうして、環境保護の取り組みを継続的に進められるよう支援しています。

チャドとアックスは、計画、準備、会議、派遣、アドボカシー活動などで多忙な日々がノンストップで続きます。二人は毎年6回ほど派遣に参加しており、北極圏からエバーグレーズ、さらにはオレゴン州の裏庭の川まで活動範囲は広がります。それでも、チャドのPTSDは消えません。悪夢や強烈な不安は「治る」ものではないのです。そこで彼は、呼吸法やセルフケア、川に行くといった対処法を取り入れています。そして、そんなときに彼が頼りにするのがアックスの存在です。

 

会議をこなし、街中を移動し続ける日々の中では、川に行けないこともあります。私がちゃんと機能できるように、アックスがそばでサポートしてくれます。アックスがそこにいて、私を見上げるとき、彼は一切恐れを見せません。強いんです。彼が私の支えです。まるで『行こう、やってやろうぜ』と言ってくれているような気がするのです。だから、私は自分の恐怖をアックスに託し、それを背負ってもらっているんです。

- チャド・ブラウン